コラム08CSRとサスティナビリティ

CSRの原点

近年、CSR(Corporate Social Responsibility)の意識が急速に高まってきています。
「企業の社会的責任」と訳されることが多いでしょうか。
こうした意識の高まり自体は大いに歓迎すべきことですが、一部にみられるブーム対応のような姿勢に関しては、少なからず首をかしげたくもあります。
取って付けたような・・・とまで言っては言い過ぎかもしれませんが、本業とは別に、「これもやっておかなければ・・・」といった、うわべの取り組み姿勢を感じることも多いからです。
CSRなどとカタカナで言うと、何か特別な、とても新しい概念のように聞こえてしまますが、全くそんなことはありませんね。
近世の日本では渋沢栄一が「論語と算盤」と言っていますし、優れた商家の家訓などには、必ずと言っていいほどこの意識が歌い込まれています。
商売といえども、いや、商売だからこそ、人としての姿勢を正し、社会との共生を考えて行かなければ“続かない”と言う自覚があったのだと思います。
つまりは、事業の哲学ですね。

サスティナビリティの理解

ですから、CSRは実は、サスティナビリティ(Sustainability)と、表裏一体のもだと思います。
このサスティナビリティ、日本では一般に、「企業の持続可能性」と訳されることが多いようです。
そちらの角度から考えれば、例えば海洋資源を乱獲して製品化しているのでは(環境破壊だし)、いずれ枯渇してしまう。
だから、自然保護の自主規制と養殖技術の開発で・・・となる訳ですが、そうした対応姿勢の側だけで考えると、本当の意義を見失ってしまいそうな気もします。
サスティナビリティの真意とは、存続の方法を考えることではなく、「自社が存在すべき理由(意義)」を考えると言った部分に大きな意味が潜んでいるのではないでしょうか。
自社が提供する社会的価値に関する自覚です。
つまりは、事業の大義でしょうか。

企業は見定められている

成熟を迎えた市場では、消費者の側からの“選別”が進みます。
“頭で消費する”と言われるこの時代、企業やブランドは、市場からその振る舞いを見定められていると言えるのではないでしょうか。
商品の機能や価格もさることながら、「あのブランドは、どういう“姿勢”なの?」「その企業はどんな“人柄”なの?」と、企業として、“社会とかかわる基本姿勢“が、問われはじめています。
ソーシャルマーケティング。
事業自体が社会に貢献する目的を強く持ったソーシャルビジネスや、BOPビジネスを筆頭に、近年多く語られる概念ですが、決してそうした特別な分野だけではなく、ソーシャルとマーケティングの関係は、全ての事業が、企業が、根底に据えて考えるテーマだと思います。
我が社は社会に対して何を為すのか?は、消費者はもちろんのこと、自社の従業員や、お取引先から株主まで、すべてのステークホルダーが、もっとも知りたいこと、知っておきたいことなのではないでしょうか。

マーケティングの取組み

こうした考え方は、個々の局面で必要に応じて考えるのではなく、企業やブランドが一貫して持ち合わせているべき(はずの)もので、それらを通した姿勢から商品が生まれ、コミュニケーションが生じ、事業活動が推進されるのが、あるべき姿だと考えるべきです。
つまり、競合を相手にマーケティングの技を競うのではなく、顧客と社会を相手に、信念のマーケティングを貫くことです。

ですから、CSRは、専任部署がひとりで抱え込む課題ではありません。
内に向けても、外に向けても、社内のあらゆる部門と連携して初めて成果につながる命題です。

ですから、サスティナビリティは、お題目を額縁に入れて飾っておくものではありません。
自社のフィロソフィーとして内外に共有され、行動の規範となって、はじめて意義を持ちます。

原点に返る

思えば、草創期の企業の志しは高らかでした。
石鹸メーカーは社会や家族の衛生向上を願って石鹸を作り、家電メーカーは、主婦の負荷軽減と楽しい暮らしを祈って冷蔵庫や洗濯機を売ったんですね。
・・・いつの頃からか、それがひたすらグリードなパワーゲームに変り、競合とのシェア争いの戦場と化しました。

いま再び、ソーシャルの潮流が背中を押してくれています。
社会の“善”に立ち返ったマーケティング!
素敵なことだと思います。

◆参照◆
千のトイレプロジェクト
支える人を支えよう!
クリニクラウン
・ドネカ

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